十五の春
「ないーー。私の受験番号がない」。何度見ても真っ白な掲示板は変らない。受験に落ちるという経験は強烈だ。YESとNOのどちらかしかない。今振り返れば、18歳の私にとってはいい経験だったと思う。
娘は帰りの電車で友達と二人、「うちらほんとに受かったのかな。もう1回見てみよう」と言っては、写メで確認したらしい。私が心配したのは、一緒に行った仲間である。4人で行って2人しか受からなかった。道中を想像するのも辛い。娘の受験した高校には同じ中学から26人が受験した。そして特色化選抜で6人が受かった。倍率3.5前後が新聞で発表された時、娘は6人か7人くらいが受かるだろうと考えたという。となると、絶対確実な○○君と○○君、上のランクの高校から最後に下げてきたナントカ君というように埋めていうと、残り議席はもはやないと思ったらしい。そして当日。試験のデキがよければまだしも、ミスばかりが思い起こされた。泣くやらわめくやら・・・。一緒に受かった友人も次の日、泣きはらした目の下に隈を作っていたらしい。高校は定員140人のところ142人とった。「私は最後の2人のうちのどちらかだと思う」と娘は言う。ありうることだ。しかも、はっきりしていることは、その最後の一人と落ちた受験生の差は1点であるという事実だ。怖いと思う。
親は欲深だ。ちょっと模試の成績が上がれば、「1ランク上はどう?」と迫る。今回、思い知ったのは、その1ランク上に行く間に、それだけの数の子どもが実態としていて、その一人ひとりが切磋琢磨して頑張っているという事実だ。それを一番よく知っているのは子ども自身である。親は勝手にしかも気軽に志望校の変更を決めてはいけないと改めて思ったのである。
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