「おゆみ野の森」2周年記念祭り
今日は、日差しも明るく、葉影を通して見る空も青く澄んでいました。お祭りにはもってこいの日。珍しく参加すると娘が言い出したので、早めに出かけてお手伝いをしました。マラソンとピクニックを合わせたマラピック担当で、ずた袋をワンピース風に着て縄文人をイメージした衣装を着ました。2人の方から写真を撮らせてといわれていい気分でした。舗装された道と森の中の道を走るもので、私は道の脇で応援しました。その後、木漏れ日広場で「混成合唱のTomorrow」の歌声を聴きました。ふるさとにちなんだ歌をいくつか聴いた時、不覚にも涙がこぼれました。ちょうど右手の乳母車でねていた赤ん坊がうっすらと目をあけてぼんやりしたまま泣きもせず、歌を聴いていました。彼にとってふるさとはこのおゆみ野なんだ。緑の木に囲まれて、木漏れ日が射して、「故郷」や「トトロ」や「千の風にのって」の歌をみんなが歌っているーー。それが彼の原風景になりますようにと祈りました。
戦争もない平和な日本で、走ったり絵を描いたり、歌を聴いたり、ピザやスープを頂くーーこんな一日を送ることは幸せだと思いながら、先週の読書会で取り上げた『「生きづらさ」について 貧困、アイデンティティ、ナショナリズム』(雨宮処凛 萱野稔人」を思い出しました。読書会についてはMさんのブログ(yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/)に詳しく紹介されています。私がこの本で一番いいたいことだと思ったのは、「私たちが生きづらいと思っていることは、私たちのせいではない。主な原因は社会の有り様によっている」ということです。「私が頑張らないから」「私の子育てが悪いから」といって、自分を責めたり個人を責めるので生き苦しいのだと思います。本当は社会の方がおかしい。このままだと3人子供がいたら1人は鬱になるよと言いたい。そうわかって、どう動けばいいのかーー。信じられる思想も哲学もまだ見当たらないのが現状です。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)







最近のコメント