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2009年4月

屋根改修中の六通神社

Dsc01646桜が終わって4月の下旬になると、おゆみ野は花の街になる。庭先に色とりどりの花が咲いて、道行く人を楽しませてくれる。垣根のない家はおしゃれにみえる。娘がここに引っ越したいという春の道の塀のないおうち。

久しぶりに六通神社に寄った。台風の後、大木が倒れ、屋根を直撃。その後、予算がついたのか、屋根を改修中だった。

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「おゆみ野の森」2周年記念祭り

今日は、日差しも明るく、葉影を通して見る空も青く澄んでいました。お祭りにはもってこいの日。珍しく参加すると娘が言い出したので、早めに出かけてお手伝いをしました。マラソンとピクニックを合わせたマラピック担当で、ずた袋をワンピース風に着て縄文人をイメージした衣装を着ました。2人の方から写真を撮らせてといわれていい気分でした。舗装された道と森の中の道を走るもので、私は道の脇で応援しました。その後、木漏れ日広場で「混成合唱のTomorrow」の歌声を聴きました。ふるさとにちなんだ歌をいくつか聴いた時、不覚にも涙がこぼれました。ちょうど右手の乳母車でねていた赤ん坊がうっすらと目をあけてぼんやりしたまま泣きもせず、歌を聴いていました。彼にとってふるさとはこのおゆみ野なんだ。緑の木に囲まれて、木漏れ日が射して、「故郷」や「トトロ」や「千の風にのって」の歌をみんなが歌っているーー。それが彼の原風景になりますようにと祈りました。

戦争もない平和な日本で、走ったり絵を描いたり、歌を聴いたり、ピザやスープを頂くーーこんな一日を送ることは幸せだと思いながら、先週の読書会で取り上げた『「生きづらさ」について 貧困、アイデンティティ、ナショナリズム』(雨宮処凛 萱野稔人」を思い出しました。読書会についてはMさんのブログ(yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/)に詳しく紹介されています。私がこの本で一番いいたいことだと思ったのは、「私たちが生きづらいと思っていることは、私たちのせいではない。主な原因は社会の有り様によっている」ということです。「私が頑張らないから」「私の子育てが悪いから」といって、自分を責めたり個人を責めるので生き苦しいのだと思います。本当は社会の方がおかしい。このままだと3人子供がいたら1人は鬱になるよと言いたい。そうわかって、どう動けばいいのかーー。信じられる思想も哲学もまだ見当たらないのが現状です。

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葉桜と山吹と

今年の桜は入学式にぴったり合わせたかのように満開を迎えた。天気に恵まれ、桜吹雪の中を歩くこともできた。泉谷小の前のしだれ桜はまだ少し咲いていてくれたが、春の道はもうほとんど葉桜になったことだろう。冬の道のガードの脇の桜は八重桜だろうか、まだ濃いピンクの花を残しておいてくれた。その下には鮮やかな黄色の山吹が。いつもの春がおゆみ野をこれから染めていく。ウォーキングにはもってこいの季節になった。Dsc00562Dsc00565Dsc00563

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生き方を教えてくれる老人3人

Dsc01643    今日ははるのみち公園でさくらさくさくウォークラリーのお手伝いをした。Kさんに会ったら「ブログ更新されてないよ。楽しみにしているのに」と言ってもらった。うれしかった。誰かがこれを読んでくれて少しでも面白いと思ってくれるなら、やりがいもあるというものだ。

 今日の桜はまだ七,八分咲き。これから満開を迎えて散っていくのだろう。桜の花は一つひとつもきれいだが、木全体、道全体、山全体として見てもきれいだ。そしてはなかい。美しさとはかなさの二つをもっていることが日本人の心情にぴったりくるのだろうと、先日、主人と話をした。定年を迎えた彼にとって、今年の桜はまた特別かもしれない。

今日は最近出会った老人3人の話をしよう。

 一人めは中卒の老人だ。娘のバイト先のラーメン屋で働いている。娘がバイトを辞めたので、はじめて食べにいった。社長に会い、一言お礼を言ったのだが、お礼を言うべきは社長ではなく、このHさんという老人だったのではないかと思う。娘が辞める時、「なにがあったかしらないけど、もったいないね。でも一生懸命働いてくれてありがとう」と言ってくれたという。娘曰く、「みんなは社長の前では一生懸命働くけど、いなくなると適当。でも、Hさんだけは、私が仕事に追われている時、自分の仕事を置いてまで手伝ってくれた。一番優しい人。人の気持のわかる人」という。60歳もはるかに過ぎているだろうに、家族がいるのかいないのか。立ち続けのラーメン屋の仕事は大変だろうに、「本当にありがとうございました」と伝えたい。

 二人めは、工事現場であった72歳の老人だ。たまたま、娘がトイレに行きたいというので、工事中の稲毛区役所の駐車場に間違えて入ってしまった。「娘がトイレに行きたい」というと、しばらく停車するのを許してくれた。。しかし、待つのは工事脇の歩道だという。狭い道なので私としては工事現場の中でターンしたかった。ちょうどダンプのお兄さんも「こっちまで来て周りなよ」と車を移動させてくれた。ところが、くだんの老人は絶対に許さない。歩道にうまくバックで入れるようにと、誘導する。優しいけど、自分の仕事には厳しい人だと感心した。その彼が、私の所へ来て、「娘さん顔色悪いね。お母さんもあれこれ要求しないで、食べて寝て、元気が一番だよ。私なんか72歳だけどこんなに元気だよ」と言った。確かに50代といってもいいくらいだった。「おじさんに会えて今日はよかった」と言ってお別れした。

 三人めは、近所のおばあちゃまだ。民生委員の仕事で、お風呂券が欲しいかどうかを聞きにいった。玄関のベルを鳴らしても応答がないので、裏に回ったら、庭のお花の手入れをされていた。「きれいですね」と声をかけたら、「よかったらこの花をお持ちなさい」といって、チューリップと色とりどりのフリージアを下さった。ぷーんと匂う甘い香り。この匂いを嗅ぎながら、「私はどんな老人になりたいだろうか」と自問した。ほんの少しでもだれかの役にたつこと、それが生きていく糧になる。そんなことを若いころは考えもしなかったと思った。

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