山行計画という言葉を知ったのは、2度目の登山の2日前だった。なるほどと、私たちは5合目に4時に着くことを考えた。なぜなら、前回アトピーの娘が強い日差しにやられて歩けなくなったからである。予定では日の出前に7合目を越え、12時には山頂に立つ予定であった。
ところが、お盆期間中のマイカー規制をすっかり忘れていた。5合目まで行くには1合目の下の駐車場からバスに乗る必要があった。しかも朝6時からしか出ていない。なら仕方がない。前日の夜11時半着の最終バスで5合目まで行こうということになった。夕方から仮眠しようとしたが、うまくいかない。私たち夫婦と11歳になったばかりの娘は、夜10時のバスに乗り、11時には5合目に着いた。バスにお仲間が結構いたので、みんなで登れば怖くないくらいに思っていた。
しかし、5合目は無情にも雨が降っていた。かっぱは持ってきた。それにすぐに止むだろうと思った。バス停から数分歩くと暑くなってきた。それで再び戻って下のフリースを脱いでカッパを着た。まさか、その後、寒さに震えるとは思いもよらなかったが。
5合目を出発した。雨は一向に止まない。真っ暗闇の中を、3人でとぼとぼとと歩きだした。時々雨が小止みになって希望を持った。しかし、またザーと降ってきては、横殴り風が吹いた。「まったく、子連れの素人で雨の中、徹夜登山なんてありえないのでは」という思いがよぎった。リュックはカッパの外だから濡れ放題。ヘッドライトだけが頼りなのに、娘の光が妙に弱い。新しい電池を入れたばっかりのはずなのに。こんなに早く消耗するなら、そのうち真っ暗闇になってしまう。そこで私のヘッドライトだけを使って登ることにした。こういう時は男が先頭に立つものではないだろうかという疑問がわいた。しかし、夫は焦らずゆっくり登ろうという。ゆっくり登れば登るほど、雨に濡れるのに。もっとも、上に行ったからと言って休む場所があるわけでもないのだが。
6合目はなんとか超えた。お次は例の7合目までのつづら折りだ。下からく来る二人連れについてなんとか行こうと考えたが、連れの二人の体力は全然追いつかず、また3人だけになった。本来、胸突き八丁とかいう8合目あたりでハアハアするならわかるが、まだ7合目の前なのである。時々下山する人に出会った。「いいなあ!登頂して下山する時に雨にあたってもいいけど」と思っていたが、後で考えると、みんな諦めて下山するところだったと思う。
6合目と7合目の半分もいっただろうか、雨がまたひどくなってきた。デジカメで写真を撮ろうとしても電源が入らない。カッパのポケットに雨が溜まって機能しなくなっていた。私は娘に「もう無理じゃない?」と聞いた。「わからない」(娘)「もう引き返した方がいいんじゃない?」(私)「もうちょっと行けばなんとかなるかも」(夫)を数回繰り返して、「やっぱり帰ろうよ」と私が言った。
富士登山で一番重要なのは天気だということを体で学んだ。この先何回学べば頂上に行けるのだろうか。
下山となると、どうしたことだろう。連れの二人の足がさっさと動くではないか。娘など私たちより早く下りていくのだ。雨だと下りるのも大変なのに。石ころで足が滑りそうになるのだ。6合目の安全センターのところに屋根があるので、そこに入って休んでいると、次々と人が下りてきた。「こんな雨は富士山ではめずらしく、ガイドが7合目より上のツアーを全部キャンセルした」と言っていた。確かに台風が来ていたのだ。
下山を決めたのが1時過ぎ。5合目に着いたのが2時10分。翌朝のバスが6時だから4時間。こうしてぬれ鼠のまま土産物屋の軒下で待つのかと思うとぞっとした。軒下はもう人であふれていたが、寒さはどんどん増してきた。おまけに蛾だかなんだか虫が寄ってきて、娘は立ったまま寝ようともしない。往復のバス切符は無駄になるけど、子どもが風邪でもひいたら大変と、3時ごろ、上ってきたタクシーを捕まえ、1万2千円を払い、駐車場まで下りてきた。スバルラインは真っ暗闇で何の意味もなかった。
そのまま、自分の車に乗り込み富士桜の姉の別荘に行って、お風呂に入ってベッドに入った。それが4時ごろだったから、後2時間、軒下の人たちはまだバスを待っているんだろうなと申し訳ない気になった。
今回学んだこと。マイカー規制の時は登らない。雨の日も登らない。夜も登らない。もっと低い山で訓練してから登る。
だが、いつか必ず登ってみたい。富士山の頂上に。今度は体力のある上の娘たちと一緒に一家で登りたい。
出発前の無邪気な3人
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